【プロフィール】中学〜高校。初海外 & ホースセラピーの道へ進路決定。

 

初めての海外

中学生の卒業旅行で、オーストラリア・ケアンズに行きました。

これが私の初海外。現地の学校に訪問したり、ファームステイをしたり、初海外の印象は「自然すごい!!」って事。

ファームステイ先のでっかい農地でじゃがいも掘ったり、ホテルの目の前にあった大きな木に ”でっかいコウモリ” がたくさんぶら下がっていたり。

土地広いな〜!動物番組で見てた世界だ〜!という感じでした。

1番の笑い話は、卒業旅行の目玉だったグレートバリアリーフを見る日、嵐が来て船が出航出来ず予定が丸つぶれ。修学旅行なのに、1日ホテルにこもっていた事です(笑)

 

部活はそこそこに、変わらぬ「動物好き」

中学の時は、一瞬だけ吹奏楽部に入って、他は帰宅部。

高校の時は、写真部と陸上部のマネージャーになりました。

小さい頃から変わらず動物が好きだった私は、この頃も月1〜3回くらいのペースで、1人で乗馬クラブに通っていました。

その乗馬クラブには大好きな馬たちや、大好きな犬、馬が繋いでくれた大好きな人たちがいたので「部活に入る事で週末が潰れて、馬に会いに行けなくなるのは嫌だな」というのが正直な気持ちでした。そういえば、中学で吹奏楽部辞めたのも「毎週末練習があって馬のところに行けないから嫌だ」です。

そのため高校では、ゆるい部活に入ってそこで放課後を過ごし、乗馬クラブに行きたい週末は休む、という事で落ち着きました。

私の中では「部活より、馬優先」

日帰りのこともあれば、泊まりがけで乗馬クラブに行くこともあり「乗馬はせず、動物と遊んでお世話して帰る」なんてこともありました。

馬にも乗らずお金も落とさない私でも、小さい頃と変わらず快く受け入れてくれた乗馬クラブには、今でも感謝しかないです。こうして「乗るだけではない馬との関わり」を継続させてくれたことは、私にとって大きな意味がありました。

 

将来について考える

中学生、高校生ともなると「将来どんな仕事をしたいか?」と考えることも増えてきます。

理系or文系、希望学科、志望校など、考えることは山ほどあるけど、高校生だった頃の私が思いつく仕事なんて、ほんの少し。

獣医さんもいいな、動物園の飼育員も小さい頃からの夢だし、本格的なのは理学部で生物の研究とか?、でも子どもと関わるのも好きなんだよな、保健室の先生もいいな、なんて思いながら色々悩んでいました。

その時からアニマルセラピー・ホースセラピーの勉強をしたかったのですが、そもそも仕事としてあるなんて思ってなかったし、探してもそんな大学はない。大学があっても犬や猫を扱うものばかり。馬が良いんだよなあ、馬が!!!

そんな中でも最後まで悩んだのは、動物、福祉、教育、心理の4分野。

詳しくは覚えていないですが、高校三年生の夏頃までは心理学部か教育学部を第1志望に入れていた気がします。

 

私の転機。そして、ホースセラピーの道へ

受験を前にみんなピリピリし出す、高校三年生の秋頃。

ある転機が訪れました。

いつも通っていた乗馬クラブで、馬の雑誌「乗馬ライフ」を見ていた時のこと。なんと、ホースセラピーについての記事があるではないですか!!!確か、ホースセラピーの学会?集会?の対談が掲載されていて「立派そうな大人たちがホースセラピーについて語っていた」のです。

記事を全文読んで、ホースセラピーにもこんな世界があるんだ!と感動し「てか、この人たちは誰なんだ」と対談者の紹介を見てみると、そのうちの1人が「大学講師」ではありませんか!この人がいる大学に行きたい!この人の元ならホースセラピーが学べるじゃん!と思い、そこからは行動力MAX

大学を調べ、資料を取り寄せ、受験要項を調べ、「うーん、今の学力じゃ簡単には受からないな」と薄々感じつつも、少しでも可能性を広げるために、ダメ元&滑り込みで推薦入試の受験を申し込みました。

高校でも塾でも、小論文や面接をたくさん練習し、推薦がダメでも大丈夫なように勉強もしました。

そんなバタバタで迎えた推薦入試。

母と一緒に、福岡から東京に飛び、受験。

結果は「合格」。

これが「ホースセラピーの道に進む」という進路が決まった瞬間でした。

 

のちに私は、この大学でホースセラピーを学び、同じ夢を持つ仲間と出会い、雑誌で見た川嶋舟先生の元で卒論を書くことになるのでした。

 

今回の記事は以上です。

次回は大学生活編です!

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